スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

ワタシのニューヨークの家。

ようやく、ニューヨークでの生活に慣れ、
ようやく、新しい自分の家も見つかった頃。

ワタシは誕生日を迎えました。

そして、そのシェアハウスで、ワタシは誕生日を祝ってもらいました。

家


とても恵まれた環境だったと思います。

部屋



ワタシのルームメイトは2人。
2人とも日本人でした。

1人は、40代の寿司職人。
自分で料理を作る事が好きな人で、ワタシ達ルームメイトに
よくごはんをくれました。

もう1人は、ワタシの一つ下の女の子の学生。
彼女はワタシとは違う価値観を持っていて、
彼女の生き方にとても圧倒されたのを憶えてます。
とにかく、いろんな人脈をつくることがうまい子で。
すこし憧れていました。

ルームメイト



そんな2人は、ワタシの誕生日にワインをくれたのです。
朝起きたら、テーブルの上にワインが。
その心遣いがうれしくて、たまりません。

そして、夜は3人でそのワインを飲みながらリビングでまったり。

迷惑をかけることが多かったけれど、
彼らとのシェアは、ワタシにとって、とてもいい経験でした。

誕生日


このシェアルームを訪れた友達、みんなが言ったことがあります。
それは、初めてなのに、とても落ち着く部屋だと。

ここは、前の前のそのまた前の、ずっと前に
1人の日本人アーティストが住んでいました。
彼はそんなに若くなく、どうやら油絵を描く人だったようです。

彼が突然、日本に帰らなくてはいけなくなったそうです。
理由は彼のカラダにありました。
彼はガンだったそうです。

そこで、彼が描いた油絵を家に残し、
大家のキムさんに「必ず取りに来るから残しておいてほしい」とつげて
日本に帰国したそうです。

その約束を大家のキムさんは今もまだ信じて待っています。
そして、彼の絵は、そのまま家の開かずの間になっている部屋に、
いれてあるのです。

怖いと思った事はないですが、
家を訪れた友達の1人が言いました。
それは、「なんだか寂しい感じがする」と。

きっと、彼の絵も、彼が使っていた家具達も、
彼の帰りを待っているからなのでしょうか?

鏡



今でも思います。
もし、ニューヨークに帰ったらならば、そこに住みたいと。
そして、またその家の窓から見える夕焼けが観たいなと。

その窓から見える風景が、ワタシは好きでした。
時間が止まったように感じる午後の日の光の中、
ソファーで居眠りする幸せな時間がその家にはあるのです。

夕日


とてもいい家で、いいルームメイト達でした。

スポンサーサイト

女の幸せを語る。

2006年、6月に入り、ようやく住む所が安定しました。
約1ヶ月半かけて探したお家には、日本人のルームメイトが2人。


始めに住んだホームステイでやっぱり文化の違いを感じ、
次に10日だけ住まわせてもらったギラの家では肩身が狭く感じ、
最後に友達の寮に一泊。床で寝ました。

そしてようやくクイーンズにある一軒家に住まう場所が決まりました。

住む場所が安定すると、
精神的なものも安定するらしく、いろいろなモノが
前向きにまわり出した時期でした。

そんな時に道ばたのアートフェスティバルで出逢ったのが「marcia」。
彼女は今もワタシの大切な友達です。

歳も離れているし考え方もまったく違う2人だけれど、
人生楽しむことは一緒だから、
なんとなく話が合うし、たまに会う楽さがいいのだと思う。

その頃、英語がそんなに出来なかったワタシに
普通のしゃべる速度で、躊躇なく、喋ってくる彼女。
そして、ワタシのつたない英語のリクエストに答えて、
気さくに写真を撮らせてくれた彼女。

marcia


彼女に言われたことは、
いい男を捕まえて、働かずして、人生楽しく生きるのが女の幸せだ。
ということ。

これは実際、彼女がやっている生き方である。

彼女は、今、お金持ちの彼氏がいる。
だから、彼女はアートということを楽しくやっていられるのだそうだ。

marcia2


何が女の幸せかなんて人それぞれだと思うけれど、
楽に生きる方法を早く見つけた方が、人生、勝ちなんだと思う。

だって、彼女はすごく輝いているもの。
そういう人が多いのが、ここ、ニューヨークである。



怖いもの。

コドモの頃、
得体の知れないものを、よく怖がっていた。

夜中になる廊下の音。
父親の寝言。
幽霊。
夜道の人影。
怖い話。
ホラー映画。

それは知らないから怖いのだ。
実態を知ってしまうとそうでもない。

今、怖いものは「カエル」だ。
奴だけは実態を知っても怖いものだ。


さて、
ワタシがブロンクスのスパニッシュのスタジオに住み始めて3日後、
ルームメイトがやってきました。

彼女はカザフスタン人のギラ。

なまりがあって、なかなかお互いの英語が通じず。
ワタシの英語力にも問題があったのだけれども、
お互いの頭の上にはいつも???????

今となれば、なんでだろうと思うのだけれど、
残念ながら彼女との写真はほとんど撮っていなかった。


グミラ


ゆいつ撮っていたのが
携帯での学校帰りの写真。

彼女は医者で、お金持ちで、お嬢様で、バツイチで、娘が1人いる。

彼女が思い描くニューヨークは、
怖い街で、
マンハッタン以外は危なくて住むこともできないと思っていた。

いつだったか、
「本当ならばカザフスタンに帰りたい」のだと、
年下のワタシに泣きながら話してくれたことがあった。

ワタシはニューヨークという街をまったく怖いと思ったことがない。
どちらかというと、こんな愉しい街は他にないと思っている。
いろんな所を旅したりしたけれど、
こんなに日々、いろいろな事件が起きる街はここだけだ。

彼女の恐怖は、きっと、
まわりを知らないということだと思う。

ハーレムは怖くて行けないとコリアンの子達が言うように。
人間が生活しているのだもの、
なにも怖いものなんてないのに。

ただ「知らない」だけだ。
知らないから、カタチが見えないから、恐怖がわく。

人生、どん底の生活をした人は
本当に強い人だと思う。

ワタシはまだまだだ。
そして、彼女はそういうことを一生、知ることはないのだろう。

それはそれで、彼女は幸せで。
だから、彼女は親切でいてくれた。

ワタシとは住む世界が違っていたけれど、
ワタシにはついていけない世界だったけれど、
彼女と出逢ったことはとても感謝している。

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。